懲りない男

 これは何かの手違いじゃろうか。
 ゲゲ郎はちゃぶ台に鎮座する物体をじっと眺めた。
 視線の先にある肌色のそれは、臨戦態勢のちんぽである。正しくは樹脂製のちんぽの模型、張形というやつである。
 これを手に入れたのは今朝のことだ。妻は出張、鬼太郎は猫娘とまなちゃんに引きずられて一泊二日の旅行へ行った。さて、自分は妖怪らしく家でぐうたら寝ていようかと思っていたら、ねずみ男が手紙を持ってきたのだ。
 妖怪ポストに届いた手紙の差出人はとある樹脂工場の若社長であった。ここ数週間怪奇現象に悩まされ、藁にも縋る思いで手紙を投函したそうだ。
 工場を荒らしていたのは妖怪の子どもで、説得したらあっさり立ち去った。帰り際、せめてもの礼にと若社長から渡された紙袋に入っていたのがこの張形というわけである。

 当社自慢の製品と言っていたか。ゲゲ郎のそれよりは劣るものの、日本人の平均サイズより立派だ。確かに自慢と言えるかも知れない。ゲゲ郎はあの時の若社長の笑顔を思い出す。このような物で借りを返すような男には見えなかったが……。
「いやしかし。うーむ、どうしたものかのう」
 ゲゲ郎は腕を組み百面相する。さっさと捨てて忘れてしまえばいいのに、なにがゲゲ郎をこんなにも悩ませるというのか。
 実を言うと、ゲゲ郎には自身の尻穴を指でいじくって自慰をする性癖があった。
 きっかけは些細なことである。数年前、行きつけの居酒屋で尻穴を使った自慰について熱弁する男がいた。聞くに耐えないと常連客たちに追い出されてしまったが、ゲゲ郎はその男の熱い演説に感銘を受け、実際に試してみたのだ。
 最初は全然気持ちよくなかった。何かおかしいのかと妻に買い与えられたスマホで色々と調べて実践した結果、次第に快感を拾えるようになり、そしていつの間にか習慣になり今に至る。 
 その際、このような専用の道具を使うことを推奨するウェブサイトを頻繁に見かけたが、実際に使ったことは無い。
 興味はあったが買ったところで隠しておく場所がなかったし、妻からのお小遣いで卑猥な玩具を買うのも気が引けてしまい、Amaz◯nの『後で買うリスト』に入れっぱなしである。
 しかし今ゲゲ郎の目の前には一度は購入を検討した張形がある。
 汗の滲んだ手で触れると、樹脂製の張形はしっとりと生き物のように肌に吸い付いた。普段使っている指とは比べ物にならないほど長くて太い。根本まで入ったら一体どうなってしまうのだろうか。
 目の前の張形が尻穴に収まるのを想像し、ゲゲ郎の下腹がきゅんと疼いた。
「……捨ててしまうのも勿体ないし、一度だけでも試してみるか? そうじゃ、一度だけじゃ。それで止めれば問題ない」

 決断してからは早かった。普段自慰に使用している避妊具とワセリンを携え風呂に向かう。次縹色の着物を脱ぎ捨て裸で浴室に入り、張形の吸盤を冷たいタイルの床に押し付け固定した。見慣れた浴室で、それは圧倒的な存在感を放っていた。
 今からこれにまたがり腰を振るのだ。そう考えると、ゲゲ郎のちんぽは緩く立ち上がって来た。誰に見られているわけでもないのに、ゲゲ郎は気まずくなり咳払いする。
「ごほん……まずは慣らしたほうがよかろう」
 ゲゲ郎は張形の前に屈み、ワセリンの容器を手に取った。中身をたっぷりすくい取り尻穴に塗り込む。しばらくすると油分が尻穴に馴染み、わずかに緩んできたそこに中指を挿入する。異物を押し出そうと抵抗する腸壁を割り開き、襞を伸ばすように丁寧に拡げていく。
「んっ」
 普段の自慰のお陰で難なく第二関節まで収まった。指を二本に増やし、折り曲げ腹側の前立腺を押す。もう片方の手をタイルに突き前傾姿勢になり、指を根元まで挿入する。
「ふ、ふっ」
 浴室に粘度の高い水音が反響し、その音だけで気持ちが昂る。指の動きに合わせて腰が揺れ、勃ち上がったちんぽが揺れる。指の股を開くと、尻穴が押し拡げられる。
「ふーっ、ふーっ、そろそろ頃合いじゃ」
 ゲゲ郎は尻穴から指を引き抜き避妊具を開封した。中身を取り出し自身の勃起したちんぽに装着する。こうすることで自身の精液で浴室を汚さずに済む。
 再びワセリンを手に取り、改めて張形を観察する。張形は解剖学の本に載っているような、見本のような形をしていた。全体が少し反り、血管のスジが表面に浮き出ている。根本は金玉を模した土台になっており、ご丁寧に皺まで再現されている。
「はぁ……いやはや、こちらの方面でも人とは凄まじい執念を発揮するものじゃ」
 張形を掴みワセリンを塗り込む。亀頭を手のひらで包み、指で輪を作り根本まで手を滑らせる。まるで手淫のようで、背徳感で背筋がぞくぞくと震える。
 何度か繰り返すと樹脂特有のつっかかりが無くなった。ワセリンまみれの張形は、浴室に差し込む日光を反射し生々しく輝いている。
 ゲゲ郎は生唾を飲み込み、意を決して張形に跨がる。
「ふっ……」
 亀頭を尻穴に充てがう。足を踏ん張り腰を慎重に下ろす。まだ先端すら入っていないのに、凄まじい圧迫感だ。頭に血がのぼり息が上がる。
「はぁ、はぁっ……んぎぎ」
 張形をゆっくりと押し込み、一番太いカリ首の部分が入った。圧迫感が更に強くなり、ゲゲ郎は額に汗を浮かべ歯を食い縛った。
「ふーっ…ふーっ…くっ、慎重に、慎重に……」
 指とは比べ物にならない質量を持つ張形に、ゲゲ郎の狭い肉壁が割り開かれる。痛みは無い。しかし凄まじい圧迫感に怖気づき、半分ほど挿入したところで腰を止めた。
「こ、これ以上は駄目じゃ、一旦抜こう」
 ゲゲ郎は腕を突っ張り張形を抜こうとした。しかしなかなか抜けない。焦って後ろ手をついて腰を上げようと試みる。すると、思いがけず先端が前立腺を掠めた。
「んぎっ!?」
 快感が脳を直撃し、その拍子に突っ張った足を滑らせた。張形が一気に腹の奥まで貫く。
「――かっ!」
 暴力的な快楽が、腹の底から脳髄まで駆け巡る。
「お゙っ……!お゙ぉ〜〜っ……」
 衝撃を受けて数秒間、ゲゲ郎は動けなかった。幸い痛みは無かった。それよりも、腹の中を圧迫する異物感が気になる。
 恐る恐る下腹に視線を移すと、腹がすこし膨れているのがわかった。その異常な光景を目の当たりにしたゲゲ郎は、恐怖と興奮の入り混じった未知の感覚に襲われる。
「は、腹がえらいことに……ひっ、ひっ……くるし……ふぬうぅ〜!」
 いきんで押し出そうとするが抜けない。カリがどこかに引っかかっているようだ。これ以上は後戻りが出来なくなると脳が警鐘を鳴らしていた。ゲゲ郎はなんとか体勢を立て直し、奥にがっぽり嵌まり込んだ先端を抜こうと奮闘する。
 脚を踏ん張り尻を持ち上げると、隘路に引っかかっていた亀頭がやっと抜ける。そのまま震える足に鞭打って腰を上げるが、またすぐに下ろしてしまった。腰が砕けて下半身に力が入らなかった。
「んうぅぅ!ぬ、ぬひっ……ぬけな……」
 ゲゲ郎は必死に張形を抜こうと試みるが、彼の肉壁は張形に食らいつき離そうとしなかった。慌てて抜こうとすればするほど張形は腸壁を刺激し快感をもたらす。
 勝手に腰が揺れ、腸壁の襞を張形のカリが押し潰す。その感触は今までの自慰がお遊びに感じるほど強烈で、ゲゲ郎の理性を徐々に削っていく。
「う、うぅ〜!無理じゃ、こんらのしらなひっ…!あたまおかしくなりゅ〜っ!」
 ゲゲ郎の肌は真っ赤に上気し、涙がとめどなく頬を伝い落ちる。このような強烈な快感に抗うなど、どうして出来ようか。
 そもそも快感に抵抗する必要がどこにあるのだろうか。妻と倅にバレなければ何ら問題ないではないか。道具相手だから不貞行為ではないし、自分の身体だ。自分がどう扱ったっていいではないか。そうだ、我慢する必要なんてこれっぽっちも無い。
 ゲゲ郎は開き直り一心不乱に腰を振りたくる。快感を貪欲に追い求めるその姿は幽霊族のプライドが微塵も感じられない程に無様だったが、ゲゲ郎はなりふり構っていられなかった。
「お゙ぉっ!あっ、あ゙ーっ!あっ!ぃ、いぎゅ!いぐぅっ……!」
 腸液が張形のカリ首に掻き出され、結合部がぶちゅぶちゅと音を立てる。激しい抽送に段々と射精感が高まる。張形に体重をかけ、一際奥深くへと咥え込んだ。尻穴がぎゅっと締まり、肉壁が張形を締め付ける。
「んきゅぅっ……うぅーっ!」
 ゲゲ郎はちんぽを触らずに射精した。腰が揺れ、張形が腸壁を擦るたびに精液が漏れ出し、装着した避妊具に溜まる。
「おーっ!んおぉーっ!」
 あられもない声を上げ白髪を振り乱した。盛りのついた動物のようにへこへこと腰を動かす。その淫らな姿からは、普段の威厳あるゲゲ郎の面影など微塵も感じられない。
「あ゙、あ゙、あ゙!こひっ!腰がとまらんっ」
 前かがみで体を支え尻を振る。
 背を丸め股を覗き込むと、尻穴が張形に吸い付きめくれ上がるのが見える。真っ赤に腫れたそこは女性器のように獲物に喰らいついていた。樹脂の玩具に排泄器官である肛門を性器に作り変えられてしまった。そのインモラルな光景にゲゲ郎の脳が沸騰する。
「あ゙っ!あ゙っ!わしのしりっ、おかひくなってしもうた!ゆっ、ゆっ、ゆーれー族の恥じゃっ!ご先祖様に申し訳が立たんっ!お゙っ…!またいぐっ…」
 とうとう腕がくずおれ浴室のタイルに突っ伏す。しかし腰は止まらない。尻だけを上下し抽送を繰り返す。
「お゙っ!ぁお゙ぉーっ!」
 再び絶頂を迎えたゲゲ郎は、タイルに額を擦り付け悶絶した。
 もっと気持ちよくなりたい。その一心で腰をがむしゃらに振る。繰り返す絶頂に満足するどころか、達するたびに淫らな欲求が膨らんでいく。
「あーっ!あーっ!きもちいいっ!いぎっ!いぐのとまらないぃ!」
 張形を根本まで収め、絡みつく肉壁からゆっくりと引き抜く。排泄に似た快感に精液ではない何かが込み上げてくる感覚がする。ゲゲ郎の脳裏に潮吹きの三文字が過った。
「ん、ん、んっ!んっ……!」
 張形の凹凸に前立腺を押し付ける。その刺激に誘われ、ゲゲ郎のちんぽは潮を勢いよく吹いた。 
「あ゙っ、ああぁっ!いっでりゅぅ!わしのちんぽっ、しおふい゙てるっ!あ゙ーっ!」
 過ぎた快感に耳鳴りがする。
 潮がタイルに沿って排水口に流れていくのが見えた。いつの間にか避妊具が外れていたようだ。しかし、どうにかする気力も湧かず、ただ眺めるだけだった。
 ずっと腹が気持ちいい。ぼーっとしていると遠くの方からガラガラと音が聞こえた。ドンドンドンドンと一定のリズムでこちらに近づく音が聞こえ、
「父さん!」
「ピャッ!」
 突如として扉が開け放たれ、何者かが浴室に飛び込んできた。ゲゲ郎は咄嗟に股を閉じ、張形と自身のちんぽを隠した。顔を上げるとそこには鬼太郎が立っていた。
「あっ、きっ、きっ」
「大丈夫ですか! 悲鳴が」
「き……」
 混乱で言葉が出ない。落ち着け、落ち着け……。
 ゲゲ郎は体勢を立て直し正座した。ちんぽは股に挟んで隠した。張形は尻穴に入ったままである。
 今抜いたらみっともないイキざまを晒してしまうかもしれない。ゲゲ郎はズキズキと脈打つ腹の疼きを堪え鬼太郎を見上げる。
 鬼太郎の目がこちらの様子を心配そうに伺う。幸いゲゲ郎がアブノーマルな自慰に耽っていたことには気付いていないようだ。適当にはぐらかしてこの場を去ってもらおう。
「父さん?」
「なんのことじゃ? 何も無かったぞ?」
 目を見開ききょろきょろと辺りを見渡す。我ながら迫真の演技である。
「なんのことって……。そんな顔で何も無いわけがないでしょう」
 誤魔化せなかったか。さすがわしの倅。
 鬼太郎が目の前に跪き、涙やよだれまみれの顔を触る。近い。心臓がバクバクと脈を打つ。
「ぅ……そんなことよりも、予定より早かったのう。何かあったのか?」
「まなが体調を崩して早めにお開きになったんです。……いつもより熱いですね。風邪かも知れない。裸でいたら悪化するから早く上がってください」
 鬼太郎が腕を掴み立ち上がらせようとする。
 このままではまずい。何とかしなければ、息子に醜態を晒してしまう。目の前がぐるぐると回る。何とかしなければ……だめだ、何も思いつかない……。
「わーッ!!」ゲゲ郎は気付けば叫んでいた。
「えっ」
「わっ、わっ、わしにも沽券というものがある、持ち上げてはならぬ!」
「えっ……と、それはどういう」
「そうじゃ、わしはまだ倅に介護されるようなもうろくじじいではない! すぐに出る!すぐに出るから出ていってくれ〜っ頼むっ」
「は、はあ……そこまで言うなら」
 鬼太郎は怪訝な顔で浴室を出ていった。足音が居間へ向かうのを確認し、ゲゲ郎はうずくまり脱力した。怒鳴りつけ追い出してしまったことに胸が痛んだが、なんとか変態オナニーはバレずに済んだ。
 すっかり興奮が冷めた。ゲゲ郎は神妙な面持ちで張形の吸盤をタイルから剥がす。初めからこうすればよかったのだ。
「お前のせいでえらい目に遭ったわい。すぐに捨ててやる!」ゲゲ郎は抜き取った張型に説教をする。
 それにしても、一体どうやって捨てればよいのじゃ。やれやれ、分かるまでは封印じゃな……。

 翌日、若社長から謝罪の電話があった。例の張型を渡したのは手違いだったらしい。妻と楽しむために購入したのを間違えて渡したそうだ。その危機管理能力の低さに、ゲゲ郎は工場の行く末が心配になってしまった。
 まったく、たまったものではない。あの後鬼太郎と顔を合わせるのが気不味くて仕方がなかったのだ。労りの視線を向ける鬼太郎の目を掻い潜って張型を隠した先は台所の戸棚だ。台所はゲゲ郎のテリトリー、隠し場所としては最適である。捨て方が分かるまではここに封印しておこう、とゲゲ郎は決意した。
 時計を見るとそろそろ十一時を回りそうだ。たすき紐を外し身支度する。今日は鬼太郎は学校、妻の帰宅も夜になる。掃除、洗濯、夕飯の下拵えも終わらせ、昼はねずみ男とラーメンを食べに行く約束である。
 下駄を履くと電話が掛かってきた。ねずみ男だ。
「おう、ねずみ男。今から――」
「わりぃ、おやじ!ど〜しても外せねぇ用事が出来てよ。昼、いけねぇわ!すまん!」
「おい――」
 一方的にまくし立てられさっさと通話が切られた。
「……」
 ねずみのやつめ……、あやつのああ言うところが……。ぶつくさ言いながら下駄を脱ぎ居間へ戻る。
 暇だ。いつもなら時間が空けばテレビでも観ながらぐうたらするが、今日は外出する気満々だったので落ち着かない。畳の上に寝転がりぼーっと天井を眺める。
「……アレの捨て方でも調べるかのう……」
 這って台所に向かい、戸棚の奥に仕舞った張型を取り出した。

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