必殺!爆裂鬼殺し

 物音で目を覚ますと、朝日が差す部屋に全裸の不審者が座っていた。
「起きたか。どうじゃ、この姿は」
「……どちら様ですか?」
 
 鬼太郎の前に現れた裸の大男は、自らを目玉おやじと名乗った。鬼太郎は自身の父を自称する不審な男を家から追い出そうとしたが、偶然家の前を通りかかった砂かけ婆の証言によって、彼が昔の姿の目玉おやじであることが証明された。
 現在、二人はちゃぶ台を挟んで向き合っている。
「まったく……父親を家から叩き出そうとするとは、実にけしからん」
「すみません、あまりに見違えたもので」
 鬼太郎は目の前で胡座をかく目玉おやじをちらりと盗み見た。理想そのものの、恵まれた体躯を持つ男の姿がそこにあった。
 信じがたい光景に、夢でも見ているのかと鬼太郎は頬をつねったりはたいたりしてみる。痛い。夢ではないらしい。 僕の父さんが本来の姿に戻った。その事をじわじわと実感する。
 話によると、目玉おやじはしばらく昔の姿に戻る鍛錬をしていたらしい。姿のみならず能力も元に戻ったようで、試しに握った手からは並ならぬ力を感じた。どういった仕組みか知らぬが素晴らしいことだ。本人もさぞ喜んでいることだろう。鬼太郎はそう思ったが、目玉おやじは渋い顔でそれを否定した。
 どうやらこの姿には欠点があり、省エネルギーの目玉姿とは比べ物にならないほど膨大な妖力を消費するらしく、「この通り、妖力が保てず、すぐに元の姿に戻ってしまうのじゃ」
 ぽん、と軽い音とともに赤い瞳が特徴の目玉に戻った。ちゃぶ台によじ登り鬼太郎の目の前に座る。
「それに、使ったあとはすごく眠たくなる」
「改良の余地ありですね」
「……」
 返答がない。覗き込むと瞳孔が横に細くなっている。眠ってしまったようだ。鬼太郎は目玉おやじを手のひらで掬い上げ布団に寝かせた。
 小さな寝息を立て眠る父の先程の姿を思い出す。あの姿を保てるのは僅かな時間。今のままでは使いどころのない能力だろう。しかし、今よりも力を付け常に変身出来るようになったら……。
 頼もしい事この上ないだろうが、自分に頼ることを止め自らで全てこなしてしまう目玉おやじを想像し、鬼太郎は少しだけ寂しい気持ちになった。

「ちくしょう、あいつ足が早え!」
 鬼の巨体が地面を揺らし草の上を駆けていく。その後ろをねずみ男の運転する外国車が追う。
 その鬼は突如として森に現れた。誰にも彼にも見境なく襲いかかり、妖怪達を恐慌状態に陥れた。
 そして偶然現場に居合わせた目玉おやじが身を呈して囮となり、捕らえられてしまったのである。
 今は鬼の大きな手に握りしめられ、成す術なく振り回されている。
「ねずみ男、もっと早くできないのか!」
「バカ!やってるよ、フルスロットルだ!ったく、こいつぁオフロード車じゃないんだよ!」
 速度メーターは240を振り切っていた。悪路に車体が激しく飛び跳ね悲鳴を上げる。周りの景色が矢のように後ろに過ぎ去っていく。しかし一向に鬼との距離は縮まらなかった。
「このままいくと森に入っちまう。車じゃどうしようもねぇ!」
 眼前には森が広がっていた。ねずみ男はハンドルを切る。車体が横滑りし、木にぶつかる既でのところで止まった。鬼太郎は遠心力を利用し勢いよく飛び降りそのまま駆け出す。
「待て!」
 鬼は木々のあわいを軽々と走り抜ける。しかし、ドスンと響く音と共に大きな壁が現れ、鬼の行く手を阻んだ。鬼は泡を食い壁に激突した。反動で森の外へ弾き飛ばされる。
 予想外の出来事に瞠目していると、近くの木立から砂かけ婆と猫娘が現れた。一反もめんが木々の上を漂ってるのが見える。仲間たちが先回りしていたのだ。
「足止めがうまく行ってよかったわい。でかしたぞ、ぬりかべよ」
 鬼を妨害したのはぬりかべであった。誇らしげに胸を張り咆哮を上げている。
 地面に転がった鬼を包囲する。
「何故、森のみんなを襲った。お前の目的は何だ」
「目的ィー?へへ……」
 鬼は腰を擦りながらへらへらと起き上がる。その悪びれない態度に鬼太郎は眉を潜めた。
「いてて、参ったな……。何故って、強くなるためだよ。妖気を沢山摂取したら強くなれるだろ。それで、ここには妖怪が沢山いるって聞いて来たのに……これっぽっちの目玉じゃ大損だ、まったく」
 鬼が拳を開くと、中からしわしわに縮んだ目玉おやじが現れた。もう片方の手で小さな足をつまみ上げ宙に掲げる。その様子はまるで湯葉のようだった。
「父さん……!」
「これ、君の父さん?全然似てないね」
 そう言うと、空中に放り投げ、器用にも口でキャッチした。「あっ」と一同が声を発する。目玉おやじが食われてしまった。
「この!」鬼太郎が飛びかかる。
 鬼は迫る拳をいなし、目玉おやじを咀嚼し飲み込んだ。ウシガエルに似た笑い声を上げ、高く飛び、ねずみ男の車の屋根を踏みつけ破壊した。
「あ!俺の外車が!」
「君のお父さん、凄いな。あれッぽっちだったのに力がみなぎって来る!ワハハ、ご馳走さん」
 背を向け逃げる鬼を捕獲しようと鬼太郎がちゃんちゃんこの裾に手をかけた。 
 その時、何かが軋む音と共に鬼はぴたりと動きを止めた。前屈みになりよろめく。何かを確かめるようにうつむき、しきりに腹部を触っている。
「お、オレの腹、ど、ど、どうなってるんだ?」
 こちらを振り向く鬼、その腹は米俵ほどの大きさに膨らんでいた。鬼はどうにもたまらないといった様子で、いびつに膨らんだ腹の皮膚を引っ張ったり摩すったりしている。
「はあ……はあ……痛い、痛いぃ!ううぅぅぅ……」
「な、何よアレ……」
 押し出されるように鳩尾やら脇腹やらが跳ね、どんどんとくぐもった音が発せられる。皆が沈黙し刮目する中、鬼は苦しげな悲鳴を上げ、自身の暴れる腹を押さえつける。薄くなった皮膚が生き物のように蠢いている。
 あれはもしかすると……。
 鬼太郎は好奇の視線を鬼の腹に注ぐと、
「父さん!」
 と叫んだ。鬼太郎の声に呼応するように腹が大きく突き出す。鬼は地面に踏ん張りながら苦悶の表情を浮かべ、口から泡を噴き出した。
 それは鬼の腹を破ろうという意思を持っていた。内側から執拗に痛め付けられ、鬼の内臓は呆気なく限界を迎える。炸裂音とともに鬼の腹に穴が開いた。
 そこから血のアーチが架かり、内臓と白い刃のようなものが飛び出す。それは腕であった。血飛沫に紛れて真っ白な長い腕が姿を現した。
 どっ、と仰向けに倒れ痙攣する鬼の腹部から、はらわた塗れの腕が宙を彷徨う。もう一方の腕が裂け目のふちに手を掛け、強引にこじ開ける。ミチミチと肉が裂け、あばら骨の砕ける音がする。
 あれは僕の父さんだ。鬼の胃袋で大きくなり脱出しようとしたのだ。鬼太郎は鬼の腹に駆け寄り、助産師さながらに声をかけた。
「父さん、頑張って下さい。もうすぐです!」
 腕の持ち主は、その激励に持てる力を総動員し、内側から鬼の腹を徐々に割く。遠巻きに見ていた仲間たちもいつの間にか近づき固唾を飲んで見守る。
 がんばれ、がんばれ、まばらな声援のなか、ようやく頭が出てきた。肩が抜けたところで、鬼太郎は腕を引っ張りあげる。二メートル近い長身が一気に引きずり出され、地面にぐにゃりとしなだれた。
 喘鳴を上げ、気管に入り込んだ鬼の体液を草の上に大量に吐き出す。息絶え絶えで脂肪と内臓を胎盤のように纏うさまは、生まれたての子牛を思い起こさせた。その光景に感動と畏怖を覚えた仲間達は歓声を上げた。
 鬼太郎は跪くと、顔を上げさせ頬の汚れをぬぐう。されるがままのそれは、やはり父であった。
「トホホ……すまぬ鬼太郎、皆。いや、えらい目に遭ったわい」
「大丈夫ですか。ずいぶん無茶をしているようにみえましたが……」
 鬼太郎の問いかけに腕を組み、ばつの悪そうな顔をする目玉おやじ。
「よい作戦をひらめいたと思ったのじゃ。いやはや、こんなに苦労するとは。もう二度とやらん」
 みんなが心配していたのに、当の本人は鬼の胃袋で新たな必殺技を考えていたらしい。鬼太郎と仲間達は呆れて笑った。
「はー、心配して損したぜ。全く人騒がせな……」
「ホントよ。でも、無事で良かったわ」
「うむ、そうか……」
 目玉おやじは仲間達の言葉に生返事を返す。妖力を使い果たし精根尽きたのであろう。その頭はふらふらと船を漕いでいる。前に思いっきり傾くと同時に目玉の姿に戻り、鬼太郎の手の内にすっぽりと収まった。
 鬼はいつの間にか消えていた。大した被害もなく、目玉おやじも無事奪還できた。一同は安堵し、それぞれの住処へと帰っていった。
 鬼太郎は両手に収まり眠る目玉おやじに、聞かせるともなしに囁いた。 
「無事で安心しました。さて、僕たちも帰りましょうか」
 穏やかな寝息を立てる父を起こさぬよう、鬼太郎はゆっくりと歩を進めた。
 
 その後も目玉おやじは昔の姿に戻る修行を続けていた。喉元過ぎれば何とやら、懲りずに例の技の改善案を鬼太郎に提示した。
「――とまあ、こうすることによってより勢いがつき、ずわっ!どばっ!と格好良く飛び出せると思うのじゃが」
「父さん、まずは食われる前提の作戦は止めにしませんか?」
 すげなく返された目玉おやじは「確かに食われないに越したことはないが……」と、もごもご言った。

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